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春と修羅

春は修羅とともに。

吹きすさぶ春の風にすべてをさらわれぬように

雪明りに代わる新緑の輝きに狂わぬように

躍る心に知らぬ顔。

ヤギもトッカトッカ弾んでる。

春よ。

戯れに乱舞。

あめじゅゆとてちてけんじゃ

山椒魚は悲しんだ。

明日の朝もパン食べよう。

オハヨウ

オヤスミ

こんにちわ!

明日もひとつ頑張ろう!



ヤギ
噂のヤギ達。










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十中八九忘れる

ふらふらと歩いて台所に立っているが、

何をしに来たか分からない。

なんだったっけ・・・

とりあえず冷蔵庫から飲むヨーグルトを出して飲んでみたりしてごまかす。

部屋に戻って座布団に座り、やりかけの帳簿の前でうなる。

やっかい、やっかい、ああ、数字ってばやっかい。

とか思ってポットの紅茶を見て、

やぁ!!!と思い出す。

コップ取りに行ったんだった・・・。



トイレットペーパーを買いに行ったホームセンターの

入口付近に陳列されたパンジー達がいっせいにこちらを見ている。

やつらは小型犬シーズーにそっくりだ。大勢のシーズーがこっちを見ている、

一心不乱に。

など考えていると、もう半分は集中力が切れている。

釘やらネジやら種々様々なキャスターやらを嬉々として物色している内に

トイレットペーパーのことはもはや忘却の彼方。

まったく使途不明な L字型金具などを購入して帰路に着く。

そしてトイレの便座に座ってはぁッッッ!!!と気付く。

何しに行ったんだ!!!

しかも最後の1ロールだったのに・・・

しぶしぶ近くのスーパーに出かける。まさに二度手間。

今度こそはトイレットペーパーを一番にひっつかむ。

ああ、今日は特売で安かったのに・・・。あすこのペーパー・・・。

はら??バナナが98円!?やっす!!!買っとこ!

そういや、パン、パン・・・と、何品か買い足しレジへ。

会いたくて会いたくて震えるかぁ、素晴らしいなぁ。

チワワ世代やからなぁ~、私はハスキー犬やからなぁ、流行ったん。

チワワ流行ってたら西野カナばりに震える恋できたかもなぁ~。

あ!でもモンパチも会いたくて会いたくて歌とったなぁ!

夢で会ってもどうにもならんしな、妄想膨らむけどな。

震えるんがドンピシャやわ~、チワワだけに。

始終震えとるから。チワワは。


あら??トイレットペーパーどこやった??

もう私は家です。

レジに忘れた。

ポンコツ車をぶっ飛ばして I'll be back soooon!!!! ていうかNOW!!!!

「 こちらですか??念のためレシートを拝見してもよろしいですか?? 」
 
「 ええ、ええ、いくらでも・・・。」

ああ、日本人で良かった。

私のトイレットペーパーちゃん!おかえり!

おかえりも何も連れ帰ってさえいなかったけれど。



やることなすこと十中八九忘れる。

そんなこんなで2年が経ちました。

いつもご利用・応援いただき、まことにありがとうございます。

3年目も精進して参ります。

どうぞ宜しくお願い致します。


















人間成分表示

とうに動物としては子供を産める成体にはなっているが、

産んだが育てられぬ人工飼育のゾウやイルカのように、

母性が未だ芽生えぬのか。ただ単に教育の不足か。

自分の腹の中に子供が宿ってムクムクと大きく育ち、

一人の人、人格として世に生まれ出でるなどと、

何度想像したところで妄想に余る。

友人が第一子、第二子と子供を世に誕生させるにつけ、

容姿や体格の差にびっくりするが、やはり興味が湧くのは性格や素質である。

わたしは3歳の時に四国八十八カ所参り・総本山高野山参拝を祖父祖母と済ませており、

驚異の親離れ資質を発揮している。

同年代の子供と集団で遊ぶことを得意とせず、昆虫採集や工作などを好んでおり、

かといって妖精が見えたり絶対音感があるなどと特別なことはなく、

ごく普通の地味な子供であったわけだが、

成人した今もそれほど変わっていないのだから生まれ持った資質というのは

個人の性質、生き方の根本になるものであって、人生を決定づけるものであるなぁ。

と感じている。

友人の子供たちと接すると、生後3カ月くらいから個人の性格が感じられて、

非常に興味深い。

教育や経験によって人間はできていくものだ。

と思っていたけれど、やはり「持って生まれた個人」にどんどん上書きされるのであって、

大人になったから、ここではないどこか、に今は見ぬ自分が居る訳ではなく、

今ここに居る自分に全てはあるのだな。と思う。

パウロ・コエーリョだな。



自分はどういう人間か。ということが非常に漠然としており、

有耶無耶と分析してみたりはするものの、

釈然としないものがあった。

こうゆう人間になりたい。

こうゆう人物になりたい。

そういう憧れに程遠い自分を隠し、無かったことにして、

あたかも他人の人生を歩んでいるようであったが、

どんなに残念でも自分を受け入れなければ自身の道は歩けない。

遠巻きに女の子達が楽しそうにオママゴトをしている様子を、

折り紙でお財布を作りながら一人眺めている自分は、

あんな風になりたいけれど、そうすることは苦痛であることを知っている。

この矛盾している事態を解決できずに過ごした時期は苦しかったし、

何が好きで何が嫌いかも分かっているけどあやふやで、

周囲に合わせてみたり拒絶してみたり、大変忙しい心模様だった。



大人になるということは、諦めることだ。と思う。

諦めることは、捨てる。ことであり、捨てることは、

許す。ということであると思う。

子供じみた幻想や憧れが靄となってたちこめていた脳内は、

諦めて、捨て去って、そんなこんな全てを許すことで晴れ渡り、

雨上がりの坂道を登り切り、急に眼下に現れた

露に濡れ夕焼けに照らされてきらめく美しい家々や水田のように、

懐かしく温かい、ずっと知っている景色の中の、ありのままの自分を映し出す。



唯一無二であれ。

と説かれた世代は、同じ制服を着、同じ教科書で学び、同じモノだらけの学校で

どう突出するかに悩み、成人してからも人と違うことをしなければならぬ強迫観念に襲われ、

とるに足りぬ平平凡凡とした自分に幻滅する。

芸術をかじった自分は、突出した個性を求められたし、

出来得る限りの考えと技術でひねり出した作品に対し、

「どこがいいの?なんでこんなもの描いたの?」

と心臓ごと叩き潰されるような酷評に何度もあえば

作品どころか生きていることさえも否定されているように思う。

現に作品は力量と感性ごと自分自身であるし、心から良いと思って描いたものを

一切認められず、それが長きに渡れば耳も切り落としたくなるのも頷ける。

ただそこまでの狂気があれば作品に滲み出るもので、死後であれ認められるのであろうが、

自分にそこまでの激情は無いし、爆発を演じる器量もない。


自分のことを変人と思っていたが、変人だと感じている時点で変人では無い。

本意気の変人は自分を変人と思わず普通に過ごしているし、

それこそが真の脅威である。



人間成分表示

あれば便利なのに。

台風で時間が空いたらいろんなこと考えた、秋の夕暮れ。





写真をパソコンに取り込む。という問題が解決の兆しを見せないので、

倉敷意匠のホームページから拝借いたしました。。。

いろいろ入荷しています!

とっても可愛いです*

どうぞお時間がございます時にゆっくり見にいらしてくださいませ*





マスキングテープ

マスキングテープ2

薄紙

薄紙2

送り火

子供の頃は、花火と言えば夏祭りで

かき氷でスピードくじでちょっとおめかしの浴衣だった。

大人になって、お盆の花火が送り火で

京都の大文字や灯篭流しも送り火で、

それぞれ個人が、たくさんの家族が、

亡き故人を想って空を山を川の流れを、

華やかにゆらゆらと揺れる火の子が去りゆく姿を、

愛しいあの人に重ねて見つめていることを知る。

死んだ人が帰ってくるなんて、

UFOやゾンビが好きな割に信じない性質で、

幽霊や心霊写真特集の特番も欠かさず見ているにも関わらず、

エンターテイメントとして捉えている自分がいる。

でも。

迎え火を焚いて送り火で送る。

そうして過ごしたお盆の数日は、もう会えぬ父や友人を

ぐっとぐっと近くに感じるような気がするのです。

魂とか死後の世界とか、いろいろな宗教とか、

各々の価値観や心の持ちようでしかないけれど、

この世は生きている者たちで支えていくしかないから、

こうやって一年に一度、目には見えないけれど

家の中に父がいるかもしれないと思うだけで

じーんと嬉しくなったりして明日も頑張ろう!とか

月並みに思ってしまうのだ。

お休みが少なくて風習が面倒なこともある日本だけれど、

こんな文化は守らねばなぁ、と思います。






さて、そんなお盆休みに例の妹も帰ってきました。

今回は母が不調だったこともあって、少し長く帰ってきてくれました。

いつだってかまってちゃんの母は、私にほっとかれてつまらないようで、

妹が帰ってくるとにゃんにゃん!わんわん!と言わんばかりに甘えます。

ルーキーズ再放送を見たりアイスを食べたり

仲睦まじく戯れております。

お店のお手伝いもしてくれます。

今夏のKIKO&YVANキッチンは、ちっこい蟻から大きな蟻まで

大勢の働き蟻の食糧調達の場になっており、

あっちこっちで大行列をなしております。

食料を扱うお店としては蟻の行列は大問題な気もしますが、

どうにも可愛らしくやっつけられないので好きに歩かせております。

ただ、侵入してはまずいところもあるので、

どうしたものかと思っていたら、

さずが!我が妹!やることが大胆!

「このクッキーちょうだいよ!」

と、まだたくさん入っているグラハムクラッカーの袋を抱えて外へ。

「ほれぇーーー!」

ざばざばざばーーー!

ああああああああああああぁぁ!!!

大事なケーキの材料がぁ・・・・。

蟻の巣の周りに大量のクッキーを献上。

「これで店には入ってこんよ!」

 どや顔!

あくる日のキッチン。

蟻の行列が止まらぬのは言うまでもない。

「でもほれ!見て見て!葉っぱみたいなん運んで来とるーーー!」

と、妙にハイテンションで庭に走り出る妹。

都会に住んで大人になって、クワガタにハマるサラリーマンパパのようですね。

その後も、庭の雑草にらんらんら~ん♪といった感じで水を撒き散らし、

じぃちゃんが早朝から必死で引いた雑草達に活力を注入。

「違うよ!違うよ!苔にやりよるだけよ!」

苔にやりゃ草にもかかるでしょうが!

案の定、翌日にょきにょきと伸びた雑草を引く羽目になるのでした。






まだまだ残暑にも程遠い暑さですね。

もうひと踏ん張り!

蟻の冬支度はこんなに暑い夏から!

人間も負けじと頑張りましょう!





ベリー2種










超絶かまってちゃんの処方箋

親子の距離感は難しい。




わたしは非常に育てにくい幼児だったことについて、

否定は致しません。

幼稚園入学を断固拒否し、蛙に強制冬眠を課したり、

コオロギの餌のきゅうりを横取りしたり、

物干し台の片側2本の柱の間に頭を突っ込み、顔が外れなくなったまま

泣きも喚きもせずじっと母の帰りを待っていたり、

そんな女児、不気味~ぃ・・・と言われれば、許そう!

わたしだってそんな女児嫌だもの。




世間にはいろいろな親子関係があると思います。

すこぶる仲良しな親子もいれば、死ぬまで顔を合わせたくないほど

憎んでいるような親子だっている。

わたしの場合、適度な距離を保てば良好、な典型でしょうか。

奇天烈な幼少期の次は、ほぼ反抗期だったと言ってよい。

わたしのせいだけではないのは、弁解のため先に述べておくことにしよう・・・

まず、親子と言えど性格の不一致というのは起こりうる。

悩みなんて相談したことはないし、本音どころか、あまり会話をした覚えがない。

お互いが、お互いのことを分かり合えず、イライラし、

衝突し罵り合って、いつも張り詰めて、嫌な雰囲気だった。

それでも繋がっていたのは、ひとつ屋根の下、

毎日どうしても顔を合わせねばならず、そして、やはり親子だから。

反抗期と言うのは、熱烈な甘えん坊、強烈な甘噛みみたいなもんです。




あの頃は分からなかった親のことが、すこし離れたことで

冷静にとらえることが出来、自分が大人になったことで、

親もひとりの人間なんだ、と許せる。というか、納得することができた。

子供の頃の親の存在はとても大きなものだから、

自分を本当は一番知って欲しいし、話を聞いてほしいし、認めてほしい。

それがなかなか上手くいかない。




自分が一人暮らしを始め、自分のお給料で生活をし、

結婚や子育てが現実的になってようやく、

どれだけ親が我慢して、苦労して、葛藤して、子供を育てているか、

どれだけ愛情を持って子供を見守っているか、

やっと、見えてくる。

胸のずっと奥の方から、じんわり、沁みてくる。





父が約四年間の闘病生活の末、静かにこの世を去ったちょうど一週間後、

母が脳梗塞により意識不明の重体で病院に運ばれたのが、

今から二年半前のことです。

病院で事情を説明すると、看護婦さんが硬い表情で絶句するのを見て、

わたしたち姉妹の置かれた状況が、かなり深刻なものなんだ

と、心臓がぎゅっと縮まるようでした。

母が運ばれたのは、年末のしかも早朝で、医者は

母の異変に気付いた妹を責めるようなことしか言わないし、

病状説明も、死ぬと思ってください。というようなことをさらっと言って

終わってしまった。

母はいろいろな検査を受けた後ICUに入り、様子を見るとのことだった。

検査の間、家族であるわたしたちに問診があり、

母の病歴や、普段の様子、病気の前兆はなかったか、などが聞かれた。

優しいお兄さんで、あとで内視鏡技師だと分かるのだが、

「お母さんは何歳かな??」

「昨日は何か変なことなかった??」

と、項目をチェックしながらいくつか質問があった。

「お母さんの体重は・・・分かる??」

きっと投薬の量などがあるのだろう。

妹と顔を見合わせ、

「重いんじゃけど、分からんよねぇ・・・」

「うん・・・。分からん。けど、だいぶ重いと思います。」

「ううん・・・。重いんは分かるんじゃけどね・・・」

下を向きうなるお兄さん。

うぉぉーーーぃ!!!めっちゃ失礼!!!

とは、今、母がだいぶ復活したから笑えるお話である。






母の病気を機に、西条に舞い戻ることとなった訳ですが、

離れていればの絶妙な親子関係だったはず。

いくら病人と言えど、うまくやっていけるか。

高校を卒業して以来の母との生活。

時間が経ち、人生経験を積み、少しずつ少しずつ

親のことも自分のことも、分かってきたところだった。







「マイコちゃ~ん*まだ寝んの~ん??」

母、ノブコが呼んでいる。

「だぁ~まぁ~れ!」

すでに3回目。

「えぇ~~~、おかぁたん、もう眠いけん、寝るよぉ~??」

「報告いらんって何回ゆったら分かるん!?はい、おやすみぃ~」

「うへへ* 明日のテレビ何見るんかいね~??」

「 ・・・・・・。 」



母はもともとオチャメだった性格が崩壊し、超絶かまってちゃんに変貌。

一方のわたしはと言えば、昆虫相手に一日過ごせる一人遊び有段者である。

合う訳がない!!!

トイレに立てば、「おかぁたんも*」と附いてき、

本を読んでいれば、「今日は一日雨らしいよ~」とやたらに話し掛けてくる。

嫌がらせか!!!

ウサギだったら円形脱毛症をこじらせ、とっくに丸ハゲになっているところである。





とは言え、なんだか上手くやっている。

ここぞとばかりに小さい頃の恨み辛みを言い募り、昔言えなかった寂しさが、

徐々に癒えていくような気さえしている。

当の本人はと言うと、この時期スイカを与えていればご機嫌なのでオールオーケーである。

後遺症で上手く喋れず、舌ったらずな母ですが、その後回復目覚ましく、

嬉しそうに一生懸命話し掛けてきます。


「おかぁさんのせいでごめんよ」


思い出したように半分泣き顔で言うことがあります。

口には出さないけれど、


「 いいえ、こちらこそ。これからもよろしくね。」


ずっとずっと長生きしてね、お母さん。

お父さん、うちらは元気にやっています。







さぁ、もうすぐ みょうちきりんな発言量産娘も帰省します。

色んなことで、悩み、もがき、苦しみ、涙して、

人生色々あるけれど、悲しんでばかりはいられない!

滑って転んで空見上げれば、大切なことが ふと よみがえる。

いつだって前向きってわけにはいかないけれど、

しばし親子漫談でもしながら、のんびり日々を楽しもうじゃないか*






すいか伸子

スイカが大好物な母・ノブコ。
4分の1玉を2分とかからず完食する様は圧巻。
『バキューム・ノブコ!!!』と命名されたのは言うまでもない。





























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KIKO&YVAN

Author:KIKO&YVAN
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  since2011

愛媛県西条市野々市84-1
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